研究紹介

農業生産と環境保全、高ミネラル作物の開発へ向けた植物の鉄の研究

生物資源工学研究所 准教授 
小林 高範

鉄や亜鉛などのミネラルは、全ての生物が生きていくために必要な栄養素です。世界の約3分の1の人々が、鉄欠乏、亜鉛欠乏による「隠れた飢餓」によって健康に深刻な影響を受けています。日本においても鉄欠乏、亜鉛欠乏は、特に女性や子供で深刻です。
植物は土壌からミネラルを吸収しますが、土の中の鉄はほとんど溶けていないため、植物にとって鉄は吸収しにくい栄養素です。特に、世界の耕地の約3分の1を占める石灰質アルカリ土壌では、鉄の溶解度がとりわけ低いため、植物は鉄を十分に吸収できません。植物は鉄欠乏になると葉が黄白色になり、生育が止まり、ひどい場合は枯死してしまいます。このような鉄欠乏を起こしやすい土壌はアメリカ中西部、中国北部、地中海沿岸、中東などの農業が盛んな地域にも広く分布するため、植物の鉄欠乏は農業生産と環境保全の両面で深刻な問題になっています。さらに、植物の鉄吸収は私たちが摂取する食物の鉄栄養価にも直結する問題です。
私の研究室では、鉄が足りない時に植物が積極的に鉄を吸収しようとするメカニズムを研究しています。これまでに、鉄の吸収や輸送に関わる遺伝子や、その発現を調節する遺伝子を明らかにしてきました。それらの遺伝子が効率的に働くようにイネに導入することにより、石灰質アルカリ土壌でも良好に生育する「鉄欠乏耐性イネ」を作出しました。また、バイオマス植物であるソルガムやエリアンサス、ポプラ等の研究も行っています。
植物がどのように体内の鉄不足を感知して応答を起こすのかについては、まだ明らかになっていません。私は、植物細胞内で鉄不足を感知する「鉄センサー」の候補タンパク質「HRZ」を発見しました。HRZの発現を減らしたイネは、石灰質アルカリ土壌でも良好に生育したばかりでなく、茎葉や種子に鉄と亜鉛を多く貯める「高ミネラル栄養」の性質を示しました。現在、HRZが働くメカニズムを詳しく調べて、植物の鉄センサー分子を明らかにすべく研究を続けています。また、近年登場したゲノム編集技術も活用することにより、より良い形質を持つ鉄欠乏耐性・高ミネラル栄養作物の開発を目指しています。
また、私の研究室では、植物の改良に加えて、鉄肥料の研究も行っています。鉄は沈殿しやすいため、従来の鉄肥料は土壌に施用してもなかなか十分な効果が得られません。愛知製鋼株式会社は、より効率的に働く新規鉄肥料を開発しています。そこで、その効果を圃場で実証するため、愛知製鋼株式会社からの受託研究により、本大学実験圃場のコンクリートブロックに石灰質アルカリ土壌の水田を作ってイネを栽培し、鉄肥料の施用による効果を調査しました。新規鉄肥料は、少ない施用量でもイネの生育を大幅に改善させることが分かりました。今後は植物と鉄肥料の改良の両面から、農業生産と環境保全、高ミネラル作物の開発に貢献する研究を続けてきたいと考えています。

遺伝子組換えによる鉄欠乏耐性イネ(右)と通常イネ(左)
圃場の石灰質アルカリ土壌での鉄肥料実験の様子