教員紹介

「生きものにやさしい水利施設の創造」水路や河川の魚類のためのバリアフリー技術の開発

イチオン エイジ
一恩 英二
環境科学科 教授
1962年大阪府生まれ。1985年京都大学農学部農業工学科を卒業。日本工営株式会社を経て1998年石川県農業短期大学講師、2016年から現職。京都大学博士(農学)。専門は地域水工学。能登地域トキ放鳥受入推進協議会専門委員会委員。

どのような研究をされているのですか。

地域水工学が専門分野で、生き物にやさしい水利施設、特に魚道について研究しています。私たちの身近に流れている河川には、農業用水や生活用水を取り込むための頭首工や堰が設置されています。これらの水利施設は魚類の移動の障害になっています。そこで、魚類などが採餌場所や産卵場所に移動しやすくするために、「魚道」と呼ばれる施設が設置されることがあります。魚道は、かつては漁業者への補償を目的としていましたが、近年は生態系保全を目的として設置されるケースも増えており、河川や水路内だけでなく、水田への魚道も設置される事例が出てきました。トミヨ(トゲウオ科の淡水魚、石川県絶滅危惧種Ⅰ類)の保全のために、羽咋郡志賀町の鷺池と水路の間に設置した魚道に関して、野外モニタリング調査と室内実験を実施したことが魚道研究のきっかけとなりました。その後メダカやドジョウを対象として、上流傾斜隔壁の魚道や、パイプを使った魚道を開発しています。

また、4年前から京都大学や島根大学と共同で、手取川扇状地のアユなどの回遊魚の移動状況や成育状況の調査に取り組んでいます。移動状況調査にはPITタグを用いています。PITタグはICタグの一種で、魚類などの腹腔内に挿入して個体識別を行います。個体識別から七ヶ用水の山島用水下流部に生息する魚類の移動状況と魚類の成長量や成長速度などのデータを収集しています。さらに、アユについては特定部位の鱗の数を計数することで、天然アユと人工アユを判別し、体長と湿重量から肥満度を計算してアユの生育状態の良否を判別しています。これまでの研究から、河川で放流した人工アユが頭首工の取水口から農業水路に入り込んでいること、農業水路下流部では海から多くの天然アユが遡上・生息していること、農業水路のアユも河川のアユも肥満度から見て成育状況に大きな差がないことが明らかになってきました。

トミヨのための魚道(羽咋郡志賀町)
管水路オリフィス型魚道実験装置(石川県立大学地域水工学実験室)

今後の抱負をお聞かせください。

農業の生産性向上のためにAI、ICT、ロボット、ドローン等を用いた「スマート農業」が実現しようとしています。私たちの農業農村工学分野においても、この流れに対応して、圃場の大区画化や水路の管路化が進もうとしています。一方で、環境省はトキの野生復帰を目指し、石川県でも9市町で2026年度以降にトキの放鳥を行う予定です。既に石川県ではトキの放鳥実施に向けた準備が始まっており、私も専門家の一人として、水田周辺でトキの餌になる生物を増やすための技術や人材の養成について助言を行っていく予定です。近年は社会状況や地球環境の変化により、持続可能な農業生産の最適解を見出す必要がある中で、私は水田周辺の生態系配慮のための新たな技術の開発とその技術者の育成に貢献したいと考えています。