研究紹介

フェミニストの「嫌われ者」をフェミニスト的視点から再評価する―アメリカ人作家Ernest Hemingwayの作品研究より―

教養教育センター 講師
田村 恵理

研究対象について

20世紀に活躍したアメリカ人作家Ernest Hemingway(1899-1961)の作品を主に対象として研究しています。キューバの老漁師が小舟に乗り巨大なカジキと三日間死闘を繰り広げるThe Old Man and the Sea(1952)の物語は、日本で最も知名度の高い彼の作品ではないかと思います。

Ernest Hemingwayとは

Hemingwayはアメリカのイリノイ州出身ですが、第一次世界大戦では赤十字の一員としてイタリアに赴き、戦後カナダのトロント、フランスのパリ、アメリカのフロリダ州キーウェスト、キューバと、実に様々な場所に住んでいました。更にスペイン内戦に関わったりアフリカでサファリ旅行をしたりと各国を股にかけ、作品の舞台も各国に渡ります。

私のHemingway研究の視点

ジェンダーと人種の観点を主軸として、Hemingway作品自体とHemingway作品の受容状況(読者からどう読まれているか)を研究してきました。作品の解釈のされ方は読者の生きる時代や環境に大きく影響されるので、作品の受容状況から読者の生きる時代や文化が見えてくる事があります。例えば、2015年にフランスのパリで発生した同時多発テロ事件直後、HemingwayのMoveable Feast(1964)がフランスでベストセラーとなった時期がありました。これは何を意味するのでしょうか。

フェミニストとしてHemingway研究をするうえで

Hemingwayはフェミニスト受けの悪い作家です。この要因として、彼の文体と世の中が彼自身に対して持つイメージ双方に、過度な男らしさがつきまとう事が挙げられます。実はHemingwayが嫌いなフェミニストは比較的多いです。兵士や闘牛士、ボクサー、アフリカのサファリハンディング等、男だけの世界が物語の大部分を占めるのは事実です。しかし私はHemingwayの作家としての姿勢には、ジェンダーに対しても人種に対してもシンプルではない何かがあると感じています。彼がなぜ男の世界を多く描いたのかに関してフェミニスト的観点から切り込み、しかし同時にフェミニスト的な「ヘミングウェイに対するステレオタイプな偏見」を一旦置いてその根底にあるものを分析したいと思っています。

外国語を原文で読む事の意義を伝えたい

テクノロジーの発達で外国語学習は将来必要なくなるという予測的意見を聞く事があります。もし機械翻訳で外国語理解が事足りるというなら、その人は「言葉は記号と同義」と捉えているという事です。しかし一つの言葉が意味する範囲は、言語や文脈や使用環境により大きく変化します。その点を機械は判断できません。更に翻訳との向き合い方にも注意が必要です。The Old Man and the Seaも日本語翻訳書が複数出版されています。この作品に登場する、老漁師を慕うthe boyは、日本語では少年と翻訳される事が多くありました。少年と聞くと小さな男の子が想起されます。実はこのthe boyを、成人した青年世代の若者と解釈する研究者は少数派ではありません。このように翻訳だけで完全に理解した気になると、話の大枠のイメージの掴み方のずれが発生する可能性があります。完全な翻訳など存在しないのです。その意味でも、外国語を原文で読む事の重要性を本学の教育活動のなかで伝えていきたいと考えています。