研究紹介

原発事故と風評被害 食品の放射能汚染に対する消費者意識

生産科学科 准教授
有賀 健高
写真1 昭和堂から出版された本

東日本大震災の被災地の復興に向けて、被災地の農林水産物に対する購買意欲を震災前の水準以上に伸ばしていくことが求められております。しかし、東日本大震災で被災した地域の農林水産物は、たとえそれらが安全な生産物であっても、産地が福島原発に近いという理由から消費者から敬遠されて売れ残るといった状況が続いております。特に海外消費者の原発近辺を産地とする食品に対する懸念は大きく、2015年3月に起きた産地偽装問題をきっかけに、同年5月に台湾では、福島、茨城、千葉、群馬、栃木の5県の農産物や加工食品の輸入停止措置を強化することが取り決められました。米国でも、14県で生産されたタケノコやキノコなど日本国内で出荷規制の対象となっている品目については、輸入停止の措置がとられております。
こういった状況を改善していくためには、福島原発近辺で生産された農林水産物に対する消費者意識を把握し、有効なマーケティングを行っていくことが重要だと考えられます。そこで私は、日本全国の約9000人の消費者を対象に、福島原発近辺で生産された農林水産物に対する消費者意識を把握するためのアンケート調査を実施しました。そして、主に表1で示した六つの項目に関するアンケートの回答結果と、原発近辺の食品に対する購買意欲の関係を分析しました。分析により、放射線・放射能に関する知識を十分持ち、放射性物質の累積的影響や幼児への影響など、風評以外が原因で原発近辺の食品は買わないと答えている消費者がいる一方で、放射線や放射能に関する知識が無く、産地が原発に近いから買わないといった、風評が原因で購入を控える消費者がいることが明らかとなりました。
また、本研究では、こういった原発近辺を産地とする食品は買わないと答えていた消費者がいるのとは対照的に、被災地を支援したいという思いから、原発近辺を産地とする食品を買っても良いと答えている消費者がいることも示しました。そして、このような消費者の多くは、環境問題といった社会問題への関心が高く、このような消費者の行動には、被災地の食品を買うことで被災地の復興を支援していきたいといった利他的意識が影響している可能性が示唆されました。今後は、このような利他的意識が被災地支援を目的とした消費活動にどう影響しくるのかという点を、心理学と経済学を融合した新たな手法を用いてより詳しく研究していきたいと考えております。
最後に、この研究の詳しい研究成果については、『原発事故と風評被害』(写真1を参照)にまとめておりますので、ご興味のある方は是非読んで頂けたらと思います。

表1 アンケート回答者の属性の違いを調査するための質問項目

項目詳細
食生活買い物の頻度、調理頻度、食事形態など
食品安全性に関する意識安全性への心がけと食品ラベルへの信頼
社会貢献への関心度環境保全活動と被災地復興支援への積極性
放射能汚染に関する意識放射性物質の危険性の認識、放射線に関する知識の有無
原発近辺の食品への許容度安全性を示すラベルが添付されていた場合の許容度
社会的属性居住地の原発からの距離、性別、年齢、子供の数など