研究紹介

教育心理学の高等教育への応用:教学IR研究

教養教育センター 教授
澤田 忠幸

「学校基本調査」(文部科学省)によると、四年制大学への進学率は、2018年度に男女ともに50%を超え、2022年度現在は、全体で56.6%となっています。文字通り、大学は特別な場所ではなく、二人に一人が進学する教育機関の一つとなっています。

しかし、進学率が上がっても、高等学校から大学への進学が、依然として、青年期における重要な「転機」の一つであることに変わりはありません。子どもたちは、学習環境や対人関係、生活環境など、多くの変化を経験することとなります。なかには、心理的危機を経験し、大学生活にうまく適応できないことも起こりえます。そのため、各大学では新入生に対し、初年次教育プログラムやピア・サポート制度など、さまざまな取り組みを通じて、大学生活への適応や円滑な学びの接続を支援してきています。

その一つ「初年次教育(First-Year Experiences)」とは、“高等学校や他大学からの円滑な移行を図り、学習および人格的な成長に向け、大学での学問的・社会的な諸経験を成功させるべく、主に新入生を対象に総合的に作られた教育プログラム”を指しています(中央教育審議会、2008)。高大接続の観点、キャリア発達支援の観点から、その重要性は繰り返し指摘されています。

初年次教育は、現在ほぼ全ての大学で実施され、関係学会等でも、多くの実践が報告されています。しかし、実践報告の多さに比して、どのような学生の要因が入学後の大学適応に影響するのか、入学後早期における学生の大学適応状況が、その後の学生生活や学習成果にどのように影響するのかなど、学生の成長支援の観点から実証的に検討した研究は、まだまだ少ないのが実情です。そこで、ここ数年、初年次教育科目の設計や単年度の効果検証のみならず、教学IR(Institutional Research)の観点から、石川県立大学の1年生や3年生を対象に、学生調査や汎用的技能の標準テスト(e.g.PROG)を実施し、入学時の属性や心理的特性要因と大学入学後の大学適応、その後の主体的学習態度やキャリア意識の習得度、学年進行ごとの学習成果との相互関連性について検証してきました。

たとえば、大学生が卒業時に求められる学習成果には、学業成績(e.g. Grade Point Average:GPA)と社会人基礎力(経済産業省、2006)や学士力(文部科学省、2008)に代表される汎用的技能(generic skills)があります。今日の学士課程教育では、その両者をバランス良く育成することが、大学に求められています*。しかし、両者の指標が示す資質・能力の特性や伸張のしやすさ、伸張度に違いがあるのかなどについて、まだ十分な知見は得られていません。

* Network Now Vol.26での(株)リアセックの松村直樹氏、本学就職支援室の山崎恵室長、大崎幸恵氏との対談でも一部紹介しています。

そこで、Astin(1993)のI-E-Oモデル(図1)を活用して、入学時の学習背景や個人の属性など(Inputs)は、4年間一貫して学習成果に影響するのか、また、それらの影響を制御した場合、入学後のどのような学習経験(Environments)が学生の各学習成果(Outcomes)に影響しうるのか、について検証することを試みています。実際、研究では学生の多様なパネルデータが必要になります。しかし、I-E-Oモデルを用いることにより、入学後の変化の有無のみならず、学習成果の側面により、入学後の学習経験により、伸ばしやすい側面と困難な側面を明らかにすることができると考えています。