研究紹介

線虫C. elegansを用いた食品機能研究のすすめ

食品科学科 准教授
東村 泰希

カエノラブディティス・エレガンス(C.elegans)は線形動物門に属する線虫の一種であり、様々な研究においてモデル生物として用いられています。同じ線形動物門に属する線虫としては魚介類に寄生するアニサキスが有名ですが、C. elegansは非寄生性であり、自然界では土壌中に生息しており、同じく土壌中に生息する細菌を食べて生活しています。一方で、研究室では大腸菌を餌とし、寒天培地上、20℃で容易に飼育することができます。C. elegansの体長は1mm程度と非常に小さいにも関わらず、筋肉や消化管、神経系など生物としての基本的な構造は全て有しています。また、体が透明であることから、顕微鏡を用いた組織構造の観察が容易であることもモデル生物としての大きな利点としてあげられます。さらに、受精卵から約14時間で幼虫に孵化し、受精から3.5日で成虫となった後、約20日前後の寿命を全うします。つまり、世代時間が短く増殖が速いという特徴を持っており、老化研究に適したモデル生物といえます。

私たちの研究室では、プロバイオティクス(腸内細菌叢のバランスを改善する微生物)やプレバイオティクス(プロバイオティクスの餌となる食品成分)など腸の中で健康機能性を発揮する食品成分や食品素材を中心に研究しています。ノーベル賞学者であるイリア・メチニコフ博士が20世紀初頭に「腸内細菌がつくる腐敗物質こそが老化の原因である」と提唱したように、腸と健康の関わりは古くから認識されていました。実際に、乳酸菌やビフィズス菌などいくつかのプロバイオティクスにおいて、それらの寿命延伸効果がC. elegansを用いた研究において明らかにされています。また私たちの研究室でも、ある高機能性オリゴ糖(オリゴ糖X)がC. elegansの寿命を延伸させることを見出し、その分子メカニズムを明らかにしました見出された分子メカニズムは、マウスやヒトなどの高等動物にも存在しており、同じく老化との関わりが指摘されているメカニズムであったことから、私たちが明らかにした現象はヒトの健康増進にも貢献できる研究成果であると考えています。C. elegansを用いて研究をおこなう利点としては、様々な遺伝子欠損変異体や遺伝子組換え変異体がライブラリーとして整備されている点があります。例えば、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβを、C. elegansの筋肉組織で高発現させた組換え変異体も開発されています。この変異体ではアミロイドβの凝集に伴い運動性が低下するため、アミロイドβの凝集阻害を指標とした薬剤や食品成分のスクリーニングとして利用されています。このようにC. elegansは、様々な生理現象や病態形成を対象とした食品科学研究において有用な研究ツールであると考えられます。

オリゴ糖Xの効果
研究に用いる線虫(C. elegans)